ラピタ人 世界最古の遠洋航海民


人間が初めて海を制服

   ラピタ人は世界最古の遠洋航海民

   地球の海の半球、或いはモンゴロイドの半球

「ポリネシア」 片山 一道

人間がはじめて海を征服

   殆どが海ばかりしか見えない。「海の半球」と呼ぶことに異存はない。

   オセアニアに拡散したモンゴロイドの歴史を物語るには、この「海の半球」から人間そのものの歴史を発送する視点が必要である。

   ところで、「海の半球」はまた、同時に「モンゴロイドの半球」でもある。この奇妙な地球の表面は、コロンブス以前の昔、そっくりそのままモンゴロイドだったからである。

   アジアは言うまでもなく、その中枢部に散らばる南太平洋の島々しかり、アメリカ大陸しかり、そしてオーストラリア大陸も又、モンゴロイド系のグループが先住するところであった。

   兎も角完全ぐるりと、この半球には、かつてはモンゴロイドだけが住む世界が拡がっていたのであった。

   そして、その実質部分がオセアニアである。

   海のモンゴロイドの拡散

  更新世164万年前 - 前8000年頃

    更新世=第四紀は、更新世と完新世にわけられる。更新世は、洪積世ともよばれる。更新世と第三紀鮮新世の境界は、イタリア地中海岸に産出するカラブリア層内にみられる寒冷化の始まりをしめす部分である。更新世 こうしんせい 地質時代、約164万年〜約1万年前までの一区分で、第四紀の前半にあたる。洪積世、最新世、氷河時代ともよばれる。ホモ・エレクトゥス(原人)が出現し、現代人の段階まで進化した時代であり、考古学上の編年では旧石器時代と縄文時代草創期に相当する。

   更新世の終わり頃、凡そ今から六万年ないし四万年ほど前の地球の寒冷期、つまり海退期にあたるころ、人類史上で初めてハックスリー線(動物地理学で東洋区とオーストラリア区を隔てる境界線)  を越えたジャワ原人の末裔達。

   当時のスンダ大陸・スンダランドに拡がっていった。 オセアニアに人間の第一歩が刻まれたのはこのときで、ハックスリー線は人間がオセアニアへ展開した時の“ルビコン河”(ビルマ)  となったのである。

   人間がはじめて海を征服した出来事であった。

   当時は海岸線が遠ざかる海退期であったため、それぞれの島の距離が小さくなっていった。

   ハックスリー線の西のスンダ大陸から、現在のオーストラリアとタスマニア、そしてニューギニアとその周縁の島々に拡がるサフル大陸に移住するには、最大では65キロから105キロほど離れた島々を飛び石づたいに、ウオーレス多島海を渡海しなければならなかった。

   ウオーレス多島海を越えてしまうと、最初にオーストラリア人、或いはニューギニア人とも言うべきサフル人たちは、サフル大陸一円に拡散していった。

    サフル大陸での人間の足跡は少なめに見ても、オーストラリアで五万年前、タスマニアで三万年前、ニューギニアで四万年前程度、ビスマルク諸島で三万年前、そしてソロモン諸島でも三万年前まで遡る。

   こうしてニア・オセアニアとオーストラリアは、今から五万年前ないし三万年前のころにモンゴロイドが住むところとなった。

    その後、何万年もの時間が経過して、今から四千年前を過ぎた頃、ニューギニアの北東の沿岸部やビスラーク諸島一帯の島々に、それこそ忽然と姿を現したのがラピタ人である。

   まで彼らの起源についてはよくわからないが、日本の縄文人などのように東シナ海や南シナ海の沿岸域で臨海生活にうまく適応した先史モンゴロイドのグループにルーツを求めることができよう。

   このラピタ人こそ、人類史上で最初にリモート・オセアニアの海洋世界に進出した人々であった。

   南太平洋の西隅にある諸島に登場するや否や、想像もつかぬほど優れた航海能力を駆使して、またたく間にリモート・オセアニア線を越境して、遙かトンガやサモアの西ポリネシアの島々に拡散していった。

   兎も角ラピタ人は世界最古の遠洋航海民と呼ばれるに十分な資格を持つひとびとであった。

   リモート・オセアニアの島々に定着していったラピタ人は、それぞれの島の生活環境に適応し、少しずつ自らの体形ばかりか、生活や文化を変容させていった。こうして、西ポリネシアではポリネシア人、フィジー人、そしてカナカ人へと次第に変身して言ったのである。

  「ポリネシア人の大航海時代」とも言えるような時代があり、ポリネシアの島々を自在に往来していたのであろう。

   イースター島などに到達したグループは、さらなる東進の旅をつづけ、南北アメリカ大陸の太平洋岸にまで遠洋航海をした可能性が大である。

「ポリネシア」 片山 一道 抜粋