中野B遺跡ー1

  中野B遺跡―1

  中野B遺跡は、昭和50年度、先の空港拡張工事に際して、函館市教育委員会による進入灯工事区域の発掘調査が実施されて以来、縄文時代早期中葉を代表する集落跡として注目されてきた。

  今回の拡張整備に伴う発掘調査は、平成4年度から、まず銭亀宮川の河川切り替え用地を対象に開始、更に滑走路本体部へと調査区を拡大しながら、平成5,6年度と継続注である。

  遺構・遺物の大半は、住吉町式土器やムシリT式土器の時期の所産で、累々たる大集落の様相が明らかになりつつある。

  平成6年度の調査区は、A〜Dの4ヶ所に分かれる。

  A区は平成5年度調査区の東側にあたり、調査面積は北東部の遺構確認を含み7,800uである。

  92軒の竪穴住居跡や73基を数える土・墓抗など、集落跡を構成する遺構の多くは、昨年度の調査区に隣接した南西から南側の部分に見出され、標高がやや低くなる東側へは広がらない。

  この地区からは条痕文の施された尖底土器が検出されており、大型のクラスコ状ピット群を伴う、この期の集落と考えられる。

  B区は包蔵地内に計画された工事用道路部分で、18基のTピットが分布。

  C区は進入灯工事の計画区域で、土層の観察などから、縄文時代早期かと思われる5軒の竪穴住居跡と22基の土坑を検出、Tピットも15基。

 D地区では土坑2基、Tピット54基が検出され、遺構が予想以上に広範囲に残されていることが解った。

  遺構と遺物

  平成6年度検出の遺構は、竪穴住居跡97軒、土坑97基、

  竪穴住居跡は、長軸8mと大型で深いもの(H-39)もあるが、長軸5m以下の、浅く皿状に掘り込まれた例が多い。

  平面形は不整円形、楕円形、隅丸長方形などを呈し、重複する例が少なくない。炉跡や灰跡を伴う住居は希で、柱穴も内部の1〜数本の主柱穴と壁沿いに巡る物とからなるが、整然たる配列が窺われる例は多くない。床面や覆い土からの遺物の出土も少なめであった。

  土器は縄文時代早期中葉の貝殻文尖底土器が主体で、貝殻痕文や押引文の施された、函館市根崎遺跡出土資料(函館市史参照)に類似するタイプのものが少なくない。このほか物見台式やムシリT式に比定される土器などが少数見られる。

  石器は中野B遺跡のこれまでの様相と同じく石錘や磨石、敲石などの礫石器が多く、特に石錘が際だつ。剥片石器には石鏃、石槍、石錐、石匙、スクレィパー、両面調整石器などがあり、特にスクレィパーの出土量が多い。この他磨製石斧や研磨石材などが得られる。