江別太遺跡・
続縄文の河川漁場

江別太遺跡・続縄文の河川漁場

  札幌から旭川方面へ向かう北海道縦貫自動車道の野幌SIを過ぎると、程なく千歳川にかかる千歳大橋にさしかかる。

  江別太遺跡はこの橋脚の建設工事中に偶然発見された。昭和53年(1978)6月のことである。

  当時、道内ではまだ低湿地遺跡の発掘調査例は少なく、江別市教育委員会も河川敷内に遺跡が分布するとは考えていなかった。

 日本のような火山灰質土壌の土地は一般に酸性度が強く、考古学的な尺度の長い年月の間には土中の有機質は分解されてしまう。しかし、低湿地の遺跡では樹木などの有機質の遺物も分解されず、そのままの状態で保存されることが多く、この遺跡からも自然木とともに加工した多くの木製の遺物が見つかった。

 低湿地のため発掘は困難を極めた。たっぷりと水分を含んだ木質の遺物は豆腐のように柔らかく、よく研いだ移植ゴテがあたればひとたまりもない。

 更に悪いことに遺物を包み込むシルト質の粘土層はねっとりと硬く、締まってしまうのである。石器を除けば土が一番硬く、一番柔らかいものが木質遺物なのである。

 硬いものの中から柔らかい遺物を掘り出すという作業が三ヶ月も続いた。

 江別太遺跡は、縄文時代晩期末から続縄文時代前期(約2,0001,700年前)にかけての遺跡で、土器、石器、木製品、骨格器、クルミの殻などの自然遺物ほか、総数約四万八千点出土した。

  発掘場所は千歳川の埋没した旧流路にあたる。川の蛇行により生じた湾曲部からヤマブドウやヤナギの小枝をからめた遺構が検出された。

 この遺構はその構造から魚を捕らえる梁(やな)と考えられ、中からサケやスズキなどの魚骨、木製のヤスやモリ先などの漁具が土器や石器と共に出土した。

  その中でも特に注目されたのは、完全な形のままで見つかった柄付き石ナイフである。通常は腐食し失われてしまう木製の柄が、石器に装着されたまま発見された。

 ヤナギ類の木材を半分に割って作られた柄は長さ26,2cmあり、その先端部に作り出した台に硬質頁岩製の篦状の石ナイフを載せ、サクラの内皮で柄にしっかりと巻き付けられていた。

 今までの考古学者が想像していたことが目の前に現れたのである。さらに木製のモリ先や釣り竿、木をくり貫いて作った皿、鹿角製のかんざし、琥珀玉などの装飾品のほか多数の用途不明の遺物が出土した。

 続縄文時代の生業の一端を明らかにする多くの木製遺物は貴重な発見で、出土品は平成5年(1993)、国の重要文化財に指定された。

(「古代に遊ぶ」さっぽろ文庫 札幌市教育委員会 直井孝一)